狸汁会
 たぬきじるえ

宝蔵院流槍術「狸汁会」


 宝蔵院流槍術は、約450年前の興福寺子院のひとつ宝蔵院の僧、胤栄(いんえい)が創始した奈良発祥の武道です。

 宝蔵院は明治初年まで、現在の奈良国立博物館旧館の位置に所在し、槍術稽古が続けられていました。そして、流祖・胤栄師より歴代、正月の稽古始には伝習者に「狸汁」が振舞われていました。このことは、幕末の奈良奉行・川路聖謨(かわじ としあきら)の日記「寧府紀事(ねいふきじ)」によって確認できます。
 「狸汁」は宝蔵院三代頃までは狸肉を使用していましたが、寺院内であるため、次第に歯ごたえが似ている蒟蒻(こんにゃく)を狸肉に見たてた精進料理へと変化しました。

 平成15年1月、径1メートルの大鍋2基にてこの「狸汁」を初めて復元し、伝統に則り稽古始に伝習者に供すとともに、多くの見学者にも味わっていただき好評を得ました。
 寒い時期にいただく冬野菜たっぷりの「狸汁」は健康料理で体も温まります。今後は、当槍術の恒例行事として伝えるとともに、古都奈良・冬のおもてなし料理としての普及を願っています。
 なお「狸汁」復元考証にあたって、食材は奈良の冬の郷土料理「のっぺい汁」を、また、白味噌ベースの合せ味噌は桜井市岩坂・十二神社に伝わる正月料理「狸汁」を参考にしました。

 


奈良奉行宝蔵院「狸汁」記
「寧府紀事」奈良奉行・川路聖謨

嘉永元(1848)年正月二十五日 晴
 けふは市三郎(聖謨次男)剣術の弟子入也、・・・・・
 きのふは市三郎宝蔵院へ槍の弟子入に遣したり、・・・・・・
 宝蔵院は昨日稽古はしめなるに古格にて狸汁を食するよし也、いにしへは真の狸にて稽古場に精進はなかりしか、今はこんにゃく汁を狸汁とてくはするよし也、・・・・

嘉永二(1849)年六月十五日 晴
 宝蔵院覚定房印懐法印来る、例のことなれば座敷江通、槍のはなしなどする、・・・・。
 常に其のこと申候、先祖二三代ころ迄は稽古場に精進はなし、稽古はじめも真の狸汁を出したり、近頃は狸じるも斎(とき・精進料理)といふものになしたり、人を殺すは大悪也、僧侶中にては、大悪中の大悪也、しかるに神君以来上覧ありて、今にしかり、されば宝蔵院は日本随一之御免の大悪僧といふべしとて笑ひし也、今の院主至而よき僧也、鑓の柄のふとさ、手本壱寸二分、鑓の先きにて七分二り(厘)の鑓を元祖は用ひしといふ也、今の宝蔵院流のやりは、夫れより先細き也、鑓の柄末細きは捨物也と、後藤又兵衛もいひしと覚へし也




鬼平犯科帳・鬼火(池波正太郎)
丹波守下屋敷

「ま、一杯引っかけて行くがよい。今夜は、まるで、冬がもどって来たようじゃ。おい、婆さん、婆さん……」
 すると店の方から、お熊の威勢のよい声が、
「ちゃんとわかっているよう、銕つぁん。肴は何だとおもう?」
「肴の仕度もしてくれるのか?」
「蒟蒻の千切ったのを叩っこんだ、舌の千切れるように熱い……」
 と、いいかけるのへ、
「ふうん、狸汁か……」
 平蔵が、なつかしげな眼の色になった。
 酒井祐助が目をみはって、
「あの、狸の肉でございますか?」
 といったものだから、佐嶋忠介が、めずらしく吹き出した。

池波正太郎・鬼平料理帳(佐藤隆介)
狸汁

 ・・・・しかし、お熊婆さんが平蔵たちにふるまってくれた狸汁は、精進料理の狸汁である。これは早くいえば蒟蒻汁だ。
 蒟蒻は手でちぎり、空鍋に入れ、火にかけて水分を蒸発させる。別の鍋に少量の胡麻油を熟し、牛蒡・大根のササガキを加え、蒟蒻とともに炒めたのを味噌汁にする。葱を入れてもうまいことはいうまでもない。椀に盛ってから粉山椒か七味をふりこむのが定法とされている。芹の五分切りを散らすのもよい。


たべもの起源辞典(岡田哲 編)
たぬきじる(狸汁)

 精進料理の一種。むじな汁ともいう。ダイコン・ゴボウと一緒に煮込み、味噌仕立てにした汁。
 もともとは、狸肉を用いた。鎌倉中期の『古今著聞集』1254年(建長6)によると、左衛門尉(じょう)・斉藤助康は、丹波国へ下向する途中で、古狸を生け捕ると、村人たちは、焼き肉にして食べたとある。狸汁の話しもある。また、「狸をさまざま調じて、おのおのよく食(くい)てけり」とある。
 今日では、狸肉は、コンニャクに代わる。コンニャクを手でむしり、油で炒めておく。獣肉を忌避する寺院で、タヌキの代りに、コンニャクを用いたのが始まりとされる。
 江川前期の『料理物語』1643(寛永20)に、「狸汁、野はしり(タヌキ)は皮をはぐ、みたぬき(アナグマ)はやきはぎよし、味噌汁にて仕立候、妻は大こんごぼう其外色々、すい口にんにく・だし・酒・塩」「身をつくり候て、松の葉・にんにく・柚を入、古酒にていりあげ、その後水にてあらひ上(あげ)、さかしほかけ候て汁に入よし」とある。
 タヌキよりムジナの方が美味しいとする説もある。室町期の『大草家料理書』に、「むじな汁の事」とある。江戸中期の『大和本草』1708年成(宝永5)に、「狢(むじな)、味よくして野猪の如し、肉やわらか也。穴居す」とある。
『屠龍工随筆』1778年(安永7)に、「狸を汁にして煮て喰ふにはその肉を先鍋に油を引いていりて後牛剪蘿葡(らぶ)なと入て煮たるがよしと人のいへりし、されば蓖蒻(こんにゃく)をあぶらにていためてごぼう大根とまじへてにるを名付て狸汁と云なり」とある。
 コンニャクを油で揚げると、歯ざわり・色合いが、タヌキの肉に似てくる。


江戸美味い物帖(平野雅章 著)
狸汁

 今日の狸汁は精進汁の一種で、こんにゃく、ごぼう、いも、だいこんなどを油で炒め、みそまた醤油と塩で味つけした汁だが、もともとは実際に狸の肉を用いた汁だった。
 「野ばしりは皮をはぐ。みだぬきはやきはぎよし。味噌汁にて仕立候。妻は大こん、ごぼう、其外色々。すいロにんにく。だし、酒塩」
 と、寛永20年(1643)刊行の『料理物語』には見えている。野走はふつうの狸のこと。みだぬきは狸とよく混同されるアナグマ(イタチ科)のことで、「貘(まみ)」「狢(むじな)」とも言う。なお、前出の『料理物語』の後章にある「萬聞書(よろずききがき)の部」には、狸汁の口伝が記されていて、
 「身をつくり候て、松の葉、にんにく、柚を入、古酒にていりあげ、その後水にてあらひ上(あげ)、さかしほかけ候て汁に入よし」
 と、肉の臭味を抜く方法まで披露している。

 狸の肉は臭くてうまくはないが、その代り毛皮は良質。一方のアナグマの毛は粗くて使いものにならないが、肉は風味がいいので、狸汁と言っても、まずければ本物、うまければアナグマだろうと言われ、貝原益軒も『大和本章』(宝永5年・1708)の中で、
 「狢(むじな)、味よくして野猪の如し。肉やはらか也。穴居す」
 と、書いているほどだ。
 昔は狸にかぎらず獣類が身近にいて、人との交流も盛んだったので、数多くの民話や説話の話材になり、狸などは捕えやすかったのか、しばしば食べられていたようだ。
 もっとも江戸では都市化に伴い、実際に狸などの肉を口にすることは少なくなっていたと思われる。精進の狸什は寺方の台所から広まったと思われるが、こんにやくを油で揚げると、口ざわりや色合いが肉めいてきて、狸もどきにもなる。橘川房常の『料理集』(天保4年・1647)の狸汁も、こんにやくを使い、ごぼう、焼豆腐などを加えている。こんにやくだけより、ごぼうや焼豆腐を加えたほうが、味の変化が楽しめて、よいようだ。


季語「狸汁」


昔話「狸汁」(中能登町(鳥屋地区)の文化・歴史)


次回開催

第18回 宝蔵院流槍術「狸汁会」は、
令和2(2020)年1月18日(土)12:00
ならでん武道場(奈良市中央武道場)前


第17回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H31(2019). 1. 5
第16回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H30(2018). 1. 6
第15回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H29(2017). 1. 7
第14回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H28(2016). 1. 9
第13回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H27(2015). 1.10
第12回 宝蔵院流槍術「狸汁会」H26(2014). 1.11
第11回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H25(2013). 1.12
第10回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H24(2012).01. 7
第9回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H23(2011).01.15
第8回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H22(2010).01. 9
第7回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H21(2009).01.10
第6回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H20(2008).01.12
第5回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H19(2007).01.06
第4回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H18(2006).01.07
第3回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H17(2005).01.15
第2回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H16(2004).01.10
第1回 宝蔵院流槍術「狸汁会」 H15(2003).01.11

「宝蔵院流槍術 狸汁」レシピ


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