NASIA Q vol.4 (ならじあ きゅう 第4号)
2013. 9月
発行 奈良県

NARASIAN 5
一箭順三
Text:福田容子
Photgraph:永禮賢

型を守る。「戦わない」という選択
 宝蔵院流槍術(ほうぞういんりゅうそうじゅつ)。かつて宮本武蔵が対決したことでも有名な古武術だ。奈良・興福寺子院の宝蔵院の院主胤栄(いんえい)が創始、二代目胤舜(いんしゅん)が確立した。槍術の代名詞として江戸時代に諸藩で重用され、弟子は全国4000人を数えた。高田派当世宗家の一箭順三(いちや じゅんぞう)は胤栄から数えて二十一代目にあたる。
 22歳で剣道を始め、25歳で宝蔵院流高田派槍術に出会う。演武の迫力に惚れ込み、稽古に専心。42歳で免許皆伝印可を受け、昨年初頭に宗家を襲名した。
 宝蔵院流高田派は型のみを継承し、試合をしない。
 「対戦すると、どうしても余計な意識が入り込みます」
 余計な意識とは「勝ちたい」という気持ちのことだ。勝ちへの執着を捨てるために、戦うことをやめた。そうすることで型を守ってきたという。
 「相手を打ち負かすことではなく、心を通わせ、双方の槍が一本の糸でつながれたようになるのが理想。基本である槍合せの型も、十字の穂先で相手の槍をひねり落とすなど、受ける技が多彩。攻めるときも狙うのは手元などです」
 命を奪うことを目的としていない。攻撃力の高い十文字の鎌槍は、すぐれた防御力を発揮する形状でもあったのだ。

空白の百年。奈良によみがえった宝蔵院流槍術
 その宝蔵院の槍が、実は長らく途絶えていた。明治の神仏分離令と廃仏毀釈で興福寺の子院はのきなみ廃止。奈良の宝蔵院流槍術も廃絶に追い込まれた。高田派がかろうじて喪失をまぬかれたのは、第一高等学校(後の東京大学)撃剣部に継承されていた型を、石田和外(いしだ かずと)(後の第十八世宗家)がかねて宝蔵院流復興を念願していた鍵田忠三郎の熱意を受け、剣道範士西川源内に伝えたことによる。実に百年ぶりになる奈良への里帰りだった。
 奇跡の復興から四十年。今では奈良、大阪、名古屋、ドイツに道場をかまえ、約100人の伝習生が稽古に励む。春日若宮おん祭興福寺での奉納演武も毎年恒例となり、2010年には平城遷都1300年祭まほろばステージで演武を披露。今年はNHK大河ドラマ「八重の桜」に槍術指南と師範役で出演し、耳目を集めた。
 再興は順調に見えるが宗家の表情は緩まない。「技は無形の文化。体で伝えていくものですから、伝えている人が死ぬと途絶えてしまいます」。青年時代、西川とともに石田の教えを直接受けた数少ない剣士のひとりだ。だがわずか五年で石田は他界。高田派を継承するギリギリののりしろだった。
 まもなく東京にも道場を開く。「人」が育ちはじめた今、次に懸念されるのが稽古槍の材に欠かせない葉長樫の危機だ。「こうなればドングリを拾ってきて奈良で植樹するしかない。いま植えれば五十年後、百年後に間に合う」。育てることは待つことでもある。それをよく知るからこそ、いま真剣に植林を考えている。

Junzo lchiya is the 21st head of the Takada Sect of the Hozoin-ryu Scchool of the art of sojuysu(traditional spear fighting).This martial art was created in Nara approximately 450 years ago. lt spread throughout Japan during the Edo period,but its prominence came to an end after the Meiji ReStoration. Sojuts was revived around 40 years ago:and today there are approxjmately 100 people at four dojo(training halls),in Japan and Germany, who are working to pass on this traditional martial art. Sacred sojutsu demonstrations are held each year at Kasuga Grand Shrine and Kofukuji Temple jn Nara.

NARASIAN
いちや・じゅんぞう

1949年、奈良市出身。奈良県職員だった22歳の時、弱かった体を鍛えるため剣道を始めた。道場長だった故・鍵田忠三郎の人間性に惹かれ、翌年坐禅にも入門。片道9キロを歩いて朝稽古に通い、そのまま出勤し続けた努力家。一昨年末の前宗家急逝を受け、昨年1月に宗家就任



奈良県HP「東アジアジャーナル[NARASIA Q]」



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