春日若宮「おん祭」 奉納演武



宝蔵院流槍術
春日若宮(奈良)「おん祭」奉納演武

月刊「武道」 2007年3月号

宝蔵院流高田派槍術
第二十世宗家 鍵田忠兵衛



 宝蔵院流槍術は昨年の1217日、奈良市・春日若宮「おん祭」において演武を奉納させていただいた。


「一の鳥居」を入場

 「おん祭」は、春日大社の摂社、若宮様を御祭神とするお祭りである。飢饉や疫病の蔓延(まんえん)を憂いた時の関白藤原忠通(ふじわらただみち)が、若宮様の御霊威にすがり五穀豊穣と万民安楽を願い、保延2(1136)年に祭りを創始。以来、871年にわたり途切れることなく今日に至っている。京都のような派手さはないが、古式ゆかしい奈良県最大規模の祭りである。
 おん祭は、7月から関連諸祭事が挙行されているが、なかでも「お渡り式」は旧奈良市街をほぼ半周し、「一の鳥居」から春日大社参道に入り、「お旅所(おたびしょ)」に至る行列で、祭りの中心神事である。この「お渡り」は、ご神霊の行列ではなく、既にお旅所に遷(うつ)られている若宮神のもとへ芸能集団や祭礼に加わる人々の社参が特徴である。従ってこの行列に神輿(みこし)は登場しない。
 
一の鳥居を過ぎた南側の壇上に「影向の松(ようごうのまつ)」がある。この松は能舞台の鏡板(かがみいた)に描かれている松で、春日大明神が翁の姿で万歳楽(ばんざいらく)を舞われたと伝えられている。行列がこの松前を通過する際、猿楽・田楽など各々が芸能の一節や、所定の舞を演じてからでないと、お旅所へ参入できないしきたりになっている。 これを「松の下式(まつのしたしき)」という。興福寺と春日社は藤原氏の氏寺・氏神として一体的に祭祀されていた関係から、古絵にも興福寺僧兵がおん祭に参列している様子が描かれている。興福寺子院発祥の宝蔵院流槍術はこのご縁によって、平成3年より毎年この「松の下」において演武を奉納させて頂いている。
 当日は極寒であったが晴天に恵まれ、更に日曜日と重なったため参道両側に数千人はおられるかと見えるほどの参拝者が人垣を作り、私共の入場を待ち受けておられた。
 先頭に宝蔵院流槍術旗を高く掲げ、槍を捧げた稽古着姿の33名の伝習者が一の鳥居から入場すると、ざわめいていた観衆は水を打ったように静まる。
 「影向の松」に向かって伝習者総員が整列し拝礼。続いて宝蔵院流高田派槍合せの型「表」「裏」「新仕掛」の技を奉納させて頂く。静かな参道に演武者の気合いと鎌槍・素槍の打ち合う音が松枝に響く。神に槍術を奉納し、併せてご観覧いただく観衆と一体になっての演武に心地よい清々(すがすが)しさを感じた。
 私ども宝蔵院流槍術伝習者一門は、神仏に繋(つな)がるご加護を賜り、歴史ある祭りに毎年こうして参加させて頂くご縁に感謝するとともに、更なる精進を誓った。



記念撮影


古の方々と一体化

免許皆伝 前田繁則

 この奈良最大の祭りに参列し、宝蔵院槍術を奉納させて頂けることは本当にありがたく、古(いにしえ)の方々と一体化したように感じる。先人達が命をかけて守ってこられた技を、今回も精一杯奉納させて頂き、晴れ晴れとした気持ちで、お旅所まで行列させていただいた。
 私どもは日頃から正確に技を伝える稽古を行い、その過程で神仏への奉納や武道大会などで、多くの皆様方に宝蔵院流槍術を知ってもらえるようになった。871年間続いている春日若宮おん祭は、日本有数の祭りとして長く伝えられる。そして我々は、歴史人の一端に置いてもらったようなありがたいご縁に感謝し、今後の稽古をさらに一生懸命に努力する決意を新たにした。



後生に伝える責務を感じた

免許 西生利浩

 昔、興福寺の僧兵が一世を風靡した十文字鎌槍を手に
一の鳥居を潜ったように、今、宗家を先頭に伝習者が歴史と伝統に満ちた由緒あるおん祭に参列し、継承された槍法を演武させていただいたご縁に深い感動を覚えた。
 私は影向の松に最も近いところに位置したが、「春日若宮様への奉納」を、そして「正しい槍法」をと、様々な想いが胸中を走った。「表」の演武も無事に終わり、観客の方々から多大な拍手と歓声を頂き、槍術を学んできた喜びとともに、槍法を正しく後世に伝えていく責務を強く感じた一日であった。



己を姿勢を見つめ直す
目録 福本  斉

 大名行列の華やかな後に続いて、宝蔵院流槍術一門は、影向の松前にて静かに整列し、深々と拝礼の後、「表」の型に続いて、私は「裏」の型を緊張しながらも無事に奉納演武させていただいた。
 おん祭は871年の歴史があるように、我々の宝蔵院流槍術も450年前に創始された歴史ある武道である。文化を受け継ぐには「稽古」が必要であり、『稽』は考えるということ、『古』は過去から受け継がれてきた型を意味する。つまり先人の教え、師範の提示をよく考え、真似るのが稽古というわけである。
 初心に帰り稽古の精神を取り戻し、槍術の修行に対する己の姿勢を見つめ直し、日々精進に励みたいと思う。


更なる人間形成を
上級 森 邦茂

 演武奉納は重々しく、堅苦しい行事と想像していた。ところが予想に反し、演武を観覧くださる人々の好意に満ちた視線を直に強く感じた。これは、先輩達の精進と努力の賜物あると思う。さらに、ご先祖たちの870余年にわたる安らぎと幸せへの祈りが、現在の私達の豊かな日々の生活や繁栄につながり、それが伝統文化を守り続け発展させてくれる力の源となるのではないか。すばらしい荘厳なお祭り。それだけに私達一同気持を引き締め、誇り高い伝習生でありたいと思う。
 今回初めてのおん祭参列は、栄誉でありがたく深く感謝している。そして、さらなる高い人間形成と武道の修行に日夜励みたいと願う。



春日若宮「おん祭」奉納演武(06.12.17)

2007. 2.27